主日のメッセージ(2017年7月2日~2017年11月26日)


 

 王であるキリスト 2017年11月26日

   マタイによる福音書第25章31~46節

 

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    司式 近藤 光彦 神父 

 

 

 〔そのとき、イエスは弟子たちに言われた。〕「人の子は、栄光に輝いて天使たち

を皆従えて来るとき、その栄光の座に着く。そして、すべての国の民がその前に集め

られると、羊飼いが羊と山羊を分けるように、彼らをより分け、羊を右に、山羊を左

に置く。そこで、王は右側にいる人たちに言う。『さあ、わたしの父に祝福された人

たち、天地創造の時からお前たちのために用意されている国を受け継ぎなさい。お前

たちは、わたしが飢えていたときに食べさせ、のどが渇いていたときに飲ませ、旅を

していたときに宿を貸し、裸のときに着せ、病気のときに見舞い、牢にいたときに訪

ねてくれたからだ。』すると、正しい人たちが王に答える。『主よ、いつわたしたち

は、飢えておられるのを見て食べ物を差し上げ、のどが渇いておられるのを見て飲み

物を差し上げたでしょうか。いつ、旅をしておられるのを見てお宿を貸し、裸でおら

れるのを見てお着せしたでしょうか。いつ、病気をなさったり、牢におられたりする

のを見て、お訪ねしたでしょうか。』そこで、王は答える。『はっきり言っておく。

わたしの兄弟であるこの最も小さい者の一人にしたのは、わたしにしてくれたことな

のである。』 

 それから、王は左側にいる人たちにも言う。『呪われた者ども、わたしから離れ去

り、悪魔とその手下のために用意してある永遠の火に入れ。お前たちは、わたしが飢

えていたときに食べさせず、のどが渇いていたときに飲ませず、旅をしていたときに

宿を貸さず、裸のときに着せず、病気のとき、牢にいたときに、訪ねてくれなかった

からだ。』すると、彼らも答える。『主よ、いつわたしたちは、あなたが飢えたり、

渇いたり、旅をしたり、裸であったり、病気であったり、牢におられたりするのを見

て、お世話しなかったでしょうか。』そこで、王は答える。『はっきり言っておく。

この最も小さい者の一人にしなかったのは、わたしにしてくれなかったことなのであ

る。』こうして、この者どもは永遠の罰を受け、正しい人たちは永遠の命にあずかる

のである。」

 

 

 


   

年間第33主日 2017年11月19日

   マタイによる福音書第25章14~30節

 

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    司式 加藤 鐵男 神父  

 

 〔そのとき、イエスは弟子たちにこのたとえを語られた。〕「天の国はまた次のよ

うにたとえられる。ある人が旅行に出かけるとき、僕たちを呼んで、自分の財産を預

けた。それぞれの力に応じて、一人には五タラントン、一人には二タラントン、もう

一人には一タラントンを預けて旅に出かけた。

 早速、五タラントン預かった者は出て行き、それで商売をして、ほかに五タラント

をもうけた。同じように、二タラントン預かった者も、ほかに二タラントンをもう

けた。しかし、一タラントン預かった者は、出て行って穴を掘り、主人の金を隠して

おいた。

 さて、かなり日がたってから、僕たちの主人が帰って来て、彼らと清算を始めた。

まず、五タラントン預かった者が進み出て、ほかの五タラントンを差し出して言った。

『御主人様、五タラントンをお預けになりましたが、ご覧ください。ほかに五タラ

トンもうけました。』主人は言った。『忠実な良い僕だ。よくやった。お前は少し

ものに忠実であったから、多くのものを管理させよう。主人と一緒に喜んでくれ。』」

 「次に、二タラントン預かった者も進み出て言った。『御主人様、二タラントンお

預けになりましたが、御覧ください。ほかに二タラントンもうけました。』主人は言

った。『忠実な良い僕だ。よくやった。お前は少しのものに忠実であったから、多く

のものを管理させよう。主人と一緒に喜んでくれ。』ところで、一タラントン預かっ

た者も進み出て言った。『御主人様、あなたは蒔かない所から刈り取り、散らさない

所からかき集められる厳しい方だと知っていましたので、恐ろしくなり、出かけて行

って、あなたのタラントンを地の中に隠しておきました。ご覧ください。これがあな

たのお金です。』主人は答えた。『怠け者の悪い僕だ、わたしが蒔かない所から刈り

取り、散らさない所からかき集めることを知っていたのか。それなら、わたしの金を

銀行に入れておくべきであった。そうしておけば、帰って来たとき、利息付きで返し

てもらえたのに。さあ、そのタラントンをこの男から取り上げて、十タラントン持っ

ている者に与えよ。だれでも持っている人は更に与えられて豊かになるが、持ってい

ない人は持っているものまでも取り上げられる。この役に立たない僕を外の暗闇に追

い出せ。そこで泣きわめいて歯ぎしりするだろう。』」

 

 

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 年間第32主日 2017年11月12日

   マタイによる福音書第25章1~13節

 

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    司式 近藤 光彦 神父 

  

 〔そのとき、イエスは弟子たちにこのたとえを語られた。〕「天の国は次のように

たとえられる。十人のおとめがそれぞれともし火を持って、花婿を迎えに出て行く。

そのうちの五人は愚かで、五人は賢かった。愚かなおとめたちは、ともし火は持って

いたが、油の用意をしていなかった。賢いおとめたちは、それぞれのともし火と一緒

に、壺に油を入れて持っていた。ところが、花婿の来るのが遅れたので、皆眠気がさ

して眠り込んでしまった。真夜中に『花婿だ。迎えに出なさい』と叫ぶ声がした。そ

こで、おとめたちは皆起きて、それぞれのともし火を整えた。愚かなおとめたちは、

賢いおとめたちに言った。『油を分けてください。わたしたちのともし火は消えそう

です。』賢いおとめたちは答えた。『分けてあげるほどはありません。それより、店

に行って、自分の分を買って来なさい。』愚かなおとめたちが買いに行っている間に、

花婿が到着して、用意のできている五人は、花婿と一緒に婚宴の席に入り、戸が閉め

られた。その後で、ほかのおとめたちも来て、『御主人様、御主人様、開けてくださ

い』と言った。しかし主人は、『はっきり言っておく。わたしはお前たちを知らない』

と答えた。だから、目を覚ましていなさい。あなたがたは、その日、その時を知らな

いのだから。」 

 

 


  

年間第31主日 2017年11月5日

   マタイによる福音書第23章1~12節

 

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    司式 加藤 鐵男 神父 

 

 〔そのとき、〕イエスは群衆と弟子たちにお話になった。「律法学者たちやファリ

サイ派の人々は、モーセの座に着いている。だから、彼らが言うことは、すべて行い、

また守りなさい。しかし、彼らの行いは、見倣ってはならない。言うだけで、実行し

ないからである。彼らは背負いきれない重荷をまとめ、人の肩に載せるが、自分では

それを動かすために、指一本貸そうともしない。そのすることは、すべて人に見せる

ためである。聖句の入った小箱を大きくしたり、衣服の房を長くしたりする。宴会で

は上座、会堂では上席に座ることを好み、また、広場で挨拶されたり、『先生』と呼

ばれたりすることを好む。だが、あなたがたは『先生』と呼ばれてはならない。あな

たがたの師は一人だけで、あとは皆兄弟なのだ。また、地上の者を『父』と呼んでは

ならない。あなたがたの父は天の父おひとりだけだ。『教師』と呼ばれてもいけない。

あなたがたの教師はキリスト一人だけである。あなたがたのうちでいちばん偉い人は、

仕える者になりなさい。だれでも高ぶる者は低くされ、へりくだる者は高められる。」 

 

 

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死者の日 2017年11月2日

   ヨハネによる福音書第6章37~40節

 

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    司式 加藤 鐵男 神父   

 

 〔そのとき、イエスは人々に言われた。〕「父がわたしにお与えになる人は皆、わ

たしのところに来る。わたしのもとに来る人を、わたしは決して追い出さない。わた

しが天から降って来たのは、自分の意思を行うためではなく、わたしをお遣わしにな

った方の御心を行うためである。わたしをお遣わしになった方の御心とは、わたしに

与えてくださった人を一人も失わないで、終わりの日に復活させることである。わた

しの父の御心は、子を見て信じる者が皆永遠の命を得ることであり、わたしがその人

を終わりの日に復活させることだからである。」 

 

 

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年間第30主日 2017年10月29日

   マタイによる福音書第22章34~40節

 

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    司式 加藤 鐵男 神父 

 

 〔そのとき、〕ファリサイ派の人々は、イエスがサドカイ派の人々を言い込められ

たと聞いて、一緒に集まった。そのうちの一人、律法の専門家が、イエスを試そうと

して尋ねた。「先生、律法の中で、どの掟が最も重要でしょうか。」イエスは言われ

た。「『心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くして、あなたの神である主を愛しな

さい。』これが最も重要な第一の掟である。第二も、これと同じように重要である。

『隣人を自分のように愛しなさい。』律法全体と予言者は、この二つの掟に基づいて

いる。」 

 

 

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年間第29主日 2017年10月22日

   マタイによる福音書第22章15~21節

 

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    司式 森田 健児 神父  

 

 〔そのとき、〕ファリサイ派の人々は出て行って、どのようにしてイエスの言葉じ

りをとらえて、罠にかけようかと相談した。そして、その弟子たちをヘロデ派の人々

と一緒にイエスのところに遣わして尋ねさせた。「先生、わたしたちは、あなたが真

実な方で、真理に基づいて神の道を教え、だれをもはばからない方であることを知っ

ています。人々を分け隔てなさらないからです。ところで、どうお思いでしょうか、

お教えください。皇帝に税金を納めるのは、律法に適っているでしょうか、適ってい

ないでしょうか。」イエスは彼らの悪意に気づいて言われた。「偽善者たち、なぜ、

わたしを試そうとするのか。税金に納めるお金を見せなさい。」彼らがデナリオン銀

貨を持って来ると、イエスは、「これは、だれの肖像と銘か」と言われた。彼らは、

「皇帝のものです」と言った。すると、イエスは言われた。「では、皇帝のものは皇

帝に、神のものは神に返しなさい。」

 

 

 


   

年間第28主日 2017年10月15日

   マタイによる福音書第22章1~14節

 

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    司式 加藤 鐵男 神父  

 

 〔そのとき、イエスは祭司長や民の長老たちに〕たとえを用いて語られた。「天の

国は、ある王が王子のために婚宴を催したのに似ている。王は家来たちを送り、婚宴

に招いておいた人々を呼ばせたが、来ようとしなかった。そこでまた、次のように言

って、別の家来たちを使いに出した。『招いておいた人々にこう言いなさい。「食事

の用意が整いました。牛や肥えた家畜を屠って、すっかり用意ができています。さあ、

婚宴においでください。」』しかし、人々はそれを無視し、一人は畑に、一人は商売

に出かけ、また、他の人々は王の家来たちを捕まえて乱暴し、殺してしまった。そこ

で、王は怒り、軍隊を送って、この人殺しどもを滅ぼし、その町を焼き払った。そし

て、家来たちに言った。『婚宴の用意はできているが、招いておいた人々は、ふさわ

しくなかった。だから、町の大通りに出て、見かけた者はだれでも婚宴に連れて来な

さい。』そこで、家来たちは通りに出て行き、見かけた人は善人も悪人も皆集めて来

たので、婚宴は客でいっぱいになった。」王が客を見ようと入って来ると、婚礼の礼

服を着ていない者が一人いた。王は、『友よ、どうして礼服を着ないでここに入って

来たのか』と言った。この者が黙っていると、王は側近の者たちに言った。『この男

の手足を縛って、外の暗闇にほうり出せ。そこで泣きわめいて歯ぎしりするだろう。』

招かれる人は多いが、選ばれる人は少ない。」

 

 

 

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 年間第27主日 2017年10月8日

   マタイによる福音書第21章33~43節

 

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    司式 近藤 光彦 神父 

 

 〔そのとき、イエスは祭司長や民の長老たちに言われた。〕「もう一つのたとえを

聞きなさい。ある家の主人がぶどう園を作り、垣を巡らし、その中に搾り場を掘り、

見張りのやぐらを立て、これを農夫たちに貸して旅に出た。さて、収穫の時が近づい

たとき、収穫を受け取るために、僕たちを農夫たちのところへ送った。だが、農夫た

ちはこの僕たちを捕まえ、一人を袋だたきにし、一人を殺し、一人を石で打ち殺した。

また、他の僕たちを前よりも多く送ったが、農夫たちは同じ目に遭わせた。そこで最

後に、『わたしの息子なら敬ってくれるだろう』と言って、主人は自分の息子を送っ

た。農夫たちは、その息子を見て話し合った。『これは跡取りだ。さあ、殺して、彼

の相続財産を我々のものにしよう。』そして、息子を捕まえ、ぶどう園の外にほうり

出して殺してしまった。さて、ぶどう園の主人が帰って来たら、この農夫たちをどう

するだろうか。」彼らは言った。「その悪人どもをひどい目に遭わせて殺し、ぶどう

園は、季節ごとに収穫を納めるほかの農夫たちに貸すにちがいない。」イエスは言わ

れた。「聖書にこう書いてあるのを、まだ読んだことがないのか。

 『家を建てる者の捨てた石、これが隅の親石となった。

 これは、主がなさったことで、わたしたちの目には不思議に見える。』

だから、言っておくが、神の国はあなたたちから取り上げられ、それにふさわしい実

を結ぶ民族に与えられる。」

 

 

 


   

年間第24主日 2017年9月17日

   マタイによる福音書第18章21~35節

 

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    司式 加藤 鐵男 神父  

  

 そのとき、ペトロがイエスのところに来て言った。「主よ、兄弟がわたしに対して

罪を犯したなら、何回赦すべきでしょうか。七回までですか。」イエスは言われた。

「あなたに言っておく。七回どころか七の七十倍までも赦しなさい。そこで、天の国

は次のようにたとえられる。ある王が、家来たちに貸した金の決済をしようとした。

決済し始めたところ、一万タラントン借金している家来が、王の前に連れて来られた。

しかし、返済できなかったので、主君はこの家来に、自分も妻も子も、また持ち物も

全部売って返済するように命じた。家来はひれ伏し、『どうか待ってください。きっ

と全部お返しします』としきりに願った。その家来の主君は憐れに思って、彼を赦し、

その借金を帳消しにしてやった。ところが、この家来は外に出て、自分に百デナリオ

ンの借金をしている仲間に出会うと、捕まえて首を絞め、『借金を返せ』と言った。

仲間はひれ伏して、『どうか待ってくれ。返すから』としきりに頼んだ。しかし、承

知せず、その仲間を引っぱって行き、借金を返すまでと牢に入れた。仲間たちは、事

の次第を見て非常に心を痛め、主君の前に出て事件を残らず告げた。そこで、主君は

その家来を呼びつけて言った。『不届きな家来だ。お前が頼んだから、借金を全部帳

消しにしてやったのだ。わたしがお前を憐れんでやったように、お前も自分の仲間を

憐れんでやるべきではなかったか。』そして、主君は怒って、借金をすっかり返済す

るまでと、家来を牢役人に引き渡した。あなたがたの一人一人が、心から兄弟を赦さ

ないなら、わたしの天の父もあなたがたに同じようになさるであろう。」 

 

 

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 年間第25主日 2017年9月24日

   マタイによる福音書第20章1~16節

 

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    司式 近藤 光彦 神父 

 

 〔そのとき、イエスは弟子たちにこのたとえを語られた。〕「天の国は次のように

たとえられる。ある家の主人が、ぶどう園で働く労働者を雇うために、夜明けに出か

けて行った。主人は、一日につき一デナリオンの約束で、労働者をぶどう園に送った。

また、九時ごろ行ってみると、何もしないで広場に立っている人々がいたので、『あ

なたたちもぶどう園に行きなさい。ふさわしい賃金を払ってやろう』と言った。それ

で、その人たちは出かけて行った。主人は、十二時ごろと三時ごろにまた出て行き、

同じようにした。五時ごろにも行ってみると、ほかの人々が立っていたので、『なぜ、

何もしないで一日中ここに立っているのか』と尋ねると、彼らは『だれも雇ってくれ

ないのです』と言った。主人は彼らに『あなたたちもぶどう園に行きなさい』と言っ

た。夕方になって、ぶどう園の主人は監督に、『労働者たちを呼んで、最後に来た者

から始めて、最初に来た者まで順に賃金を払ってやりなさい』と言った。そこで、五

時ごろに雇われた人たちが来て、一デナリオンずつ受け取った。最初に雇われた人た

ちが来て、もっと多くもらえるだろうと思っていた。しかし、彼らも一デナリオンず

つであった。それで、受け取ると、主人に不平を言った。『最後に来たこの連中は、

一時間しか働きませんでした。まる一日、暑い中を辛抱して働いたわたしたちと、こ

の連中とを同じ扱いにするとは。』主人はその一人に答えた。『友よ、あなたに不当

なことはしていない。あなたはわたしと一デナリオンの約束をしたではないか。自分

の分を受け取って帰りなさい。わたしはこの最後の者にも、あなたと同じように支払

ってやりたいのだ。自分のものを自分のしたいようにしては、いけないか。それとも、

わたしの気前のよさをねたむのか。』このように、後にいる者が先になり、先にいる

者が後になる。」

 

 


 年間第22主日 2017年9月3日

   マタイによる福音書第16章21~27節

 

 

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                       札幌地区使徒職大会 (藤女子大学講堂)

 主司式 勝谷 太治 司教 

 

 〔そのとき、〕イエスは、御自身が必ずエルサレムに行って、長老、祭司長、律法

学者たちから多くの苦しみを受けて殺され、三日目に復活することになっている、と

弟子たちに打ち明け始められた。すると、ペトロはイエスをわきへお連れして、いさ

め始めた。「主よ、とんでもないことです。そんなことがあってはなりません。」イ

エスは振り向いてペトロに言われた。「サタン、引き下がれ。あなたはわたしの邪魔

をする者。神のことを思わず、人間のことを思っている。」それから、弟子たちに言

われた。「わたしについて来たい者は、自分を捨て、自分の十字架を背負って、わた

しに従いなさい。自分の命を救いたいと思う者は、それを失うが、わたしのために命

を失う者は、それを得る。人は、たとえ全世界を手に入れても、自分の命を失ったら、

何の得があろうか。自分の命を買い戻すのに、どんな代価を支払えようか。人の子は、

父の栄光に輝いて天使たちと共に来るが、そのとき、それぞれの行いに応じて報いる

のである。」

 

 

 


 

 年間第23主日 2017年9月10日

   マタイによる福音書第18章15~20節

 

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    司式 近藤 光彦 神父

  

 〔そのとき、イエスは弟子たちに言われた。〕「兄弟があなたに対して罪を犯した

なら、行って二人だけのところで忠告しなさい。言うことを聞き入れたら、兄弟を得

たことになる。聞き入れなければ、ほかに一人か二人、一緒に連れて行きなさい。す

べてのことが、二人または三人の証人の口によって確定されるようになるためである。

それでも聞き入れなければ、教会に申し出なさい。教会の言うことも聞き入れないな

ら、その人を異邦人か徴税人と同様に見なしなさい。

 はっきり言っておく。あなたがたが地上でつなぐことは、天上でもつながれ、あな

たがたが地上で解くことは、天上でも解かれる。また、はっきり言っておくが、どん

な願い事であれ、あなたがたのうち二人が地上で心を一つにして求めるなら、わたし

の天の父はそれをかなえてくださる。二人または三人がわたしの名によって集まると

ころには、わたしもその中にいるのである。」

 

 

 


 

 年間第21主日 2017年8月27日

   マタイによる福音書第16章13~20節

 

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    司式 近藤 光彦 神父 

 

 イエスは、フィリポ・カイサリア地方に行ったとき、弟子たちに、「人々は、人の

子のことを何者だと言っているか」とお尋ねになった。弟子たちは言った。「『洗礼

者ヨハネだ』と言う人も、『エリヤ』だと言う人もいます。ほかに、『エレミヤだ』

とか『預言者の一人だ』と言う人もいます。」イエスが言われた。「それでは、あな

たがたはわたしを何者だと言うのか。」シモン・ペトロが、「あなたはメシア、生け

る神の子です」と答えた。すると、イエスはお答えになった。「シモン・バルヨナ、

あなたは幸いだ。あなたにこのことを現したのは、人間ではなく、わたしの天の父な

のだ。わたしも言っておく、あなたはペトロ。わたしはこの岩の上にわたしの教会を

建てる。陰府の力もこれに対抗できない。わたしはあなたに天の国の鍵を授ける。あ

なたが地上でつなぐことは、天上でもつながれる。あなたが地上で解くことは、天上

でも解かれる。」それから、イエスは、御自分がメシアであることをだれにも話さな

いように、と弟子たちに命じられた。

 

 

 


   

年間第20主日 2017年8月20日

   マタイによる福音書第15章21~28節

 

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    司式 加藤 鐵男 神父  

 

 〔そのとき、〕イエスは、ティルスとシドンの地方に行かれた。すると、この地に

生まれたカナンの女が出て来て、「主よ、ダビデの子よ、わたしを憐れんでください。

娘が悪霊にひどく苦しめられています」と叫んだ。しかし、イエスは何もお答えにな

らなかった。そこで、弟子たちが近寄って来て願った。「この女を追い払ってくださ

い。叫びながらついて来ますので。」イエスは、「わたしは、イスラエルの家の失わ

れた羊のところにしか遣わされていない」とお答えになった。しかし、女は来て、イ

エスの前にひれ伏し、「主よ、どうかお助けください」と言った。イエスが、「子供

たちのパンを取って小犬にやってはいけない」とお答えになると、女は言った。「主

よ、ごもっともです。しかし、小犬も主人の食卓から落ちるパン屑はいただくのです。」

そこで、イエスはお答えになった。「婦人よ、あなたの信仰は立派だ。あなたの願い

どおりになるように。」そのとき、娘の病気はいやされた。 

 

 

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聖母の被昇天 2017年8月15日

   ルカによる福音書第1章39~56節

 

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    司式 加藤 鐵男 神父  

 

 そのころ、マリアは出かけて、急いで山里に向かい、ユダの町に行った。そして、

ザカリアの家に入ってエリサベトに挨拶した。マリアの挨拶をエリサベトが聞いたと

き、その胎内の子がおどった。エリサベトは聖霊に満たされて、声高らかに言った。

「あなたは女の中で祝福された方です。胎内のお子さまも祝福されています。わたし

の主のお母さまがわたしのところに来てくださるとは、どういうわけでしょう。あな

たの挨拶のお声をわたしが耳にしたとき、胎内の子は喜んでおどりました。主がおっ

しゃったことは必ず実現すると信じた方は、なんと幸いでしょう。」

 そこで、マリアは言った。

「わたしの魂は主をあがめ、

わたしの霊は救い主である神を喜びたたえます。

身分の低い、この主のはしためにも

目を留めてくださったからです。

今から後、いつの世の人も

私を幸いな者と言うでしょう、

力ある方が、

わたしに偉大なことをなさいましたから。

その御名は尊く、

その憐れみは代々に限りなく、

主を畏れる者に及びます。

主はその腕で力を振るい、

思い上がる者をうち散らし、

権力ある者をその座から引き降ろし、

身分の低いものを高く上げ、

飢えた人を良い物で満たし、

富める者を空腹のまま追い返されます。

その僕イスラエルを受け入れて、

憐れみをお忘れになりません、

わたしたちの先祖におっしゃったとおり、

アブラハムとその子孫に対してとこしえに。」 

マリアは、三か月ほどエリサベトのところに滞在してから、自分の家に帰った。 

 

 

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 年間第19主日 2017年8月13日

   マタイによる福音書第14章22~33節

 

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    司式 近藤 光彦 神父 

 

 〔人々がパンを食べて満腹した後、〕イエスは弟子たちを強いて舟に乗せ、向こう

岸へ先に行かせ、その間に群衆を解散させられた。群衆を解散させてから、祈るため

にひとり山にお登りになった。夕方になっても、ただひとりそこにおられた。ところ

が、舟は既に陸から何スタディオンか離れており、逆風のため波に悩まされていた。

夜が明けるころ、イエスは湖の上を歩いて弟子たちのところに行かれた。弟子たちは、

イエスが湖上を歩いておられるのを見て、「幽霊だ」と言っておびえ、恐怖のあまり

叫び声をあげた。イエスはすぐ彼らに話しかけられた。「安心しなさい。わたしだ。

恐れることはない。」すると、ペトロが答えた。「主よ、あなたでしたら、わたしに

命令して、水の上を歩いてそちらに行かせてください。」イエスが「来なさい」と言

れたので、ペトロは舟から降りて水の上を歩き、イエスの方へ進んだ。しかし、強

い風に気がついて怖くなり、沈みかけたので、「主よ、助けてください」と叫んだ。

イエスはすぐに手を伸ばして捕まえ、「信仰の薄いものよ、なぜ疑ったのか」と言わ

れた。そして、二人が舟に乗り込むと、風は静まった。舟の中にいた人たちは、「本

当に、あなたは神の子です」と言ってイエスを拝んだ。

 

 


   

主の変容 2017年8月6日

   マタイによる福音書第17章1~9節

 

 

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    司式 加藤 鐵男 神父  

 

 〔そのとき、〕イエスは、ペトロ、それにヤコブとその兄弟ヨハネだけを連れて、

高い山に登られた。イエスの姿が彼らの目の前で変わり、顔は太陽のように輝き、服

は光のように白くなった。見ると、モーセとエリヤが現れ、イエスと語り合っていた。

ペトロが口をはさんでイエスに言った。「主よ、わたしたちがここにいるのは、、す

ばらしいことです。お望みでしたら、わたしがここに仮小屋を三つ建てましょう。一

つはあなたのため、一つはモーセのため、もう一つはエリヤのためです。」ぺトロが

こう話しているうちに、光り輝く雲が彼らを覆った。すると、「これはわたしの愛す

る子、わたしの心に適う者。これに聞け」という声が雲の中から聞こえた。弟子たち

はこれを聞いてひれ伏し、非常に恐れた。イエスは近づき、彼らに手を触れて言われ

た。「起きなさい、恐れることはない。」彼らが顔を上げてみると、イエスのほかに

はだれもいなかった。 

 一同が山を下りるとき、イエスは、「人の子が死者の中から復活するまで、今見た

ことをだれにも話してはならない」と弟子たちに命じられた。 

 

 

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年間第17主日 2017年7月30日

   マタイによる福音書第13章44~52節

 

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    司式 加藤 鐵男 神父  

 

 〔そのとき、イエスは人々に言われた。〕「天の国は次のようにたとえられる。畑

に宝が隠されている。見つけた人は、そのまま隠しておき、喜びながら帰り、持ち物

をすっかり売り払って、その畑を買う。

 また、天の国は次のようにたとえられる。商人が良い真珠を探している。高価な真

珠を一つ見つけると、出かけて行って持ち物をすっかり売り払い、それを買う。」

「また、天の国は次のようにたとえられる。網が湖に投げ降ろされ、いろいろな魚を

集める。網がいっぱいになると、人々は岸に引き上げ、座って、良いものは器に入れ、

悪いものは投げ捨てる。世の終わりにもそうなる。天使たちが来て、正しい人々の中

にいる悪い者どもをより分け、燃え盛る炉の中に投げ込むのである。悪い者どもは、

そこで泣きわめいて歯ぎしりするだろう。あなたがたは、これらのことがみな分かっ

たか。」弟子たちは、「分かりました」と言った。そこで、イエスは言われた。「だ

から、天の国のことを学んだ学者は皆、自分の倉から新しいものと古いものを取り出

す一家の主人に似ている。」 

 

 

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年間第16主日 2017年7月23日

   マタイによる福音書第13章24~43節

  

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    司式 近藤 光彦 神父 

 

 〔そのとき、〕イエスは、別のたとえを持ち出して言われた。「天の国は次のよう

にたとえられる。ある人が良い種を畑に蒔いた。人々が眠っている間に、敵が来て、

麦の中に毒麦を蒔いて行った。芽が出て、実ってみると、毒麦も現れた。僕たちが主

人のところに来て言った。『だんなさま、畑には良い種をお蒔きになったではありま

せんか。どこから毒麦が入ったのでしょう。』主人は、『敵の仕業だ』と言った。そ

こで、僕たちが『では、行って抜き集めておきましょうか』と言うと。主人は言った。

『いや、毒麦を集めるとき、麦まで一緒に抜くかもしれない。刈り入れまで、両方と

も育つままにしておきなさい。刈り入れのとき、「まず毒麦を集め、焼くために束に

し、麦の方は集めて倉に入れなさい」と、刈り取る者に言いつけよう。』」

《イエスは、別のたとえを持ち出して、彼らに言われた。「天の国はからし種に

いる。人がこれを取って畑に蒔けば、どんな種よりも小さいのに、成長するとどの野

菜よりも大きくなり、空の鳥が来て枝に巣を作るほどの木になる。」

 また、別のたとえをお話になった。「天の国はパン種に似ている。女がこれを

て三サトンの粉に混ぜると、やがて全体が膨れる。」

 イエスはこれらのことをみな、たとえを用いて群衆に語られ、たとえを用いな

は何も語られなかった。それは、預言者を通して言われていたことが実現するためで

あった。

 「わたしは口を開いてたとえを用い、

 天地創造の時から隠されていたことを告げる。」

 それから、イエスは群衆を後に残して家にお入りになった。すると、弟子たち

ばに寄って来て、「畑の毒麦のたとえを説明してください」と言った。イエスは

えになった。「良い種を蒔く者は人の子、畑は世界、良い種は御国の子ら、毒麦は悪

い者の子らである。毒麦を蒔いた敵は悪魔、刈り入れは世の終わりのことで、刈り入

れる者は天使たちである。だから、毒麦が集められて火で焼かれるように、世の終わ

りにもそうなるのだ。人の子は天使たちを遣わし、つまずきとなるものすべてと不法

を行う者どもを自分の国から集めさせ、燃え盛る炉の中に投げ込ませるのである。彼

らは、そこで泣きわめいて歯ぎしりするだろう。そのとき、正しい人々はその父の国

で太陽のように輝く。耳のある者は聞きなさい。」》

 

 

 


   

年間第15主日 2017年7月16日

   マタイによる福音書第13章1~23節

 

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    司式 加藤 鐵男 神父 

  

 その日、イエスは家を出て、湖のほとりに座っておられた。すると、大勢の群衆が

そばに集まって来たので、イエスは舟に乗って腰を下ろされた。群衆は皆岸辺に立っ

ていた。イエスはたとえを用いて彼らに多くのことを語られた。「種を蒔く人が種蒔

きに出て行った。蒔いている間に、ある種は道端に落ち、鳥が来て食べてしまった。

ほかの種は、石だらけで土の少ない所に落ち、そこは土が浅いのですぐ芽を出した。

しかし、日が昇ると焼けて、根がないために枯れてしまった。ほかの種は茨の間に落

ち、茨が伸びてそれをふさいでしまった。ところが、ほかの種は、良い土地に落ち、

実を結んで、あるものは百倍、あるものは六十倍、あるものは三十倍にもなった。耳

のある者は聞きなさい。」

《弟子たちはイエスに近寄って、「なぜ、あの人たちにはたとえを用いてお話になる

ですか」と言った。イエスはお答えになった。「あなたがたには天の国の秘密を悟

ることが許されているが、あの人たちには許されていないからである。持っている人

は更に与えられて豊かになるが、持っていない人は持っているものまでも取り上げら

れる。だから、彼らにはたとえを用いて話すのだ。見ても見ず、聞いても聞かず、理

解できないからである。イザヤの預言は、彼らによって実現した。

 『あなたたちは聞くには聞くが、決して理解せず、

 見るには見るが、決して認めない。

 この民の心は鈍り、耳は遠くなり、目は閉じてしまった。

 こうして、彼らは目で見ることなく、耳で聞くことなく、

 心で理解せず、悔い改めない。わたしは彼らをいやさない。』

 しかし、あなたがたの目は見ているから幸いだ。あなたがたの耳は聞いている

幸いだ。はっきり言っておく。多くの預言者や正しい人たちは、あなたがたが見てい

るものを見たかったが、見ることができず、あなたがたが聞いているものを聞きたか

ったが、聞けなかったのである。 

 だから、種を蒔く人のたとえを聞きなさい。だれでも御国の言葉を聞いて悟らなけ

れば、悪い者が来て、心の中に蒔かれたものを奪い取る。道端に蒔かれたものとは、

こういう人である。石だらけの所に蒔かれたものとは、御言葉を聞いて、すぐ喜んで

受け入れるが、自分には根がないので、しばらくは続いても、御言葉のために艱難や

迫害が起こると、すぐにつまずいてしまう人である。茨の中に蒔かれたものとは、御

言葉を聞くが、世の思い煩いや富の誘惑が御言葉を覆いふさいで、実らない人である。

良い土地に蒔かれたものとは、御言葉を聞いて悟る人であり、あるものは百倍、ある

ものは六十倍、ある者は三十倍の実を結ぶのである。」》 

 

 

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 年間第14主日 2017年7月9日

   マタイによる福音書第11章25~30節

 

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    司式 近藤 光彦 神父 

 

 そのとき、イエスはこう言われた。「天地の主である父よ、あなたをほめたたえま

す。これらのことを知恵ある者や賢い者には隠して、幼子のような者にお示しになり

ました。そうです、父よ、これは御心に適うことでした。すべてのことは、父からわ

たしに任せられています。父のほかに子を知る者はなく、子と、子が示そうと思う者

のほかには、父を知る者はいません。疲れた者、重荷を背負う者は、だれでもわたし

のもとに来なさい。休ませてあげよう。わたしは柔和で謙遜な者だから、わたしの軛

を負い、わたしに学びなさい。そうすれば、あなたがたは安らぎを得られる。わたし

の軛は負いやすく、わたしの荷は軽いからである。」

 

 

 


   

年間第13主日 2017年7月2日

   マタイによる福音書第10章37~42節

 

 

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    司式 加藤 鐵男 神父 

  

 〔そのとき、イエスは使徒たちに言われた。〕「わたしよりも父や母を愛する者は、

わたしにふさわしくない。わたしよりも息子や娘を愛する者も、わたしにふさわしく

ない。また、自分の十字架を担ってわたしに従わない者は、わたしにふさわしくない。

自分の命を得ようとする者は、それを失い、わたしのために命を失う者は、かえって

それを得るのである。 

 あなたがたを受け入れる人は、わたしを受け入れ、わたしを受け入れる人は、わた

しを遣わされた方を受け入れるのである。預言者を預言者として受け入れる人は、預

言者と同じ報いを受け、正しい者を正しい者として受け入れる人は、正しい者と同じ

報いを受ける。はっきり言っておく。わたしの弟子だという理由で、この小さな者の

一人に、冷たい水一杯でも飲ませてくれる人は、必ずその報いを受ける。」 

 

 

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