教会

わたしたちの教会を紹介します。 写真をクリックすると大きな画像でご覧になれます。)


9月4日 教会のコスモスが咲きました。

  優しい風が 吹いて

  コスモスが 揺れています

  テレジアさま 

  空の上から 見えますか。

 

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7月15日 教会のあじさいが 雨に濡れて 咲いています。

   小さい花の 

   ひとつでは さびしい

   ひとつでは つまらない

   ひとつでは まとまらない

   けれど たくさんあつまったとき

                                             とっても 大きな 

     ⇐ クリック ⇒        とっても すてきな花になるんだ

                                        花言葉は「仲良くしようね」

                                                                        (まき みのり あそびうたのブログより)

                                                             テレジアさま あじさいが 綺麗ですよ。 

                

 

    

5月13日 教会のチューリップが咲きました。

  さいた さいた

  チューリップの花が

  ならんだ ならんだ

  あか しろ きいろ

    どの花見ても  きれいだな

            ⇐ クリック ⇒                       テレジアさま、

                                                            チューリップも咲きましたよ。

          


5月1日 教会の桜が咲きました。

さくらはテレジアさまの大好きな花です。

  さくら さくら    やよいの そらは

  みわたす かぎり かすみか くもか

  においぞ いずる いざや いざや

  みにゆかん

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2月11日 祝別された枝を焼いて「灰の式」の灰を造りました

 

    かみよ あなたの みちをしめし

  あなたの こみちを おしえてください

                      (典礼聖歌25番)

    テレジアさま、煙くはありませんか          

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12月24日 今夜はクリスマスイヴ、テレジアさまが ひとり 静かに歌っています

 

  静けき真夜中 貧しうまや

   神のひとり子は み母の胸に

    眠りたもう やすらかに

              

⇐ クリック ⇒        テレジアさまの 優しいお声が あなたの心に とどきますように。       

     


10月29日 教会の楓が真っ赤に色づきました。

テレジアさまのほっぺもほんのり赤く染まっています。

  秋の夕日に照る山もみじ

  濃いも薄いも数ある中に

  松をいろどる楓や蔦は

  山のふもとの裾模樣

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沿革

むかし、北1条教会の一人の司祭が、山鼻村の信者のところに行く途中、雷に打たれ、

主のもとに旅立ちました。それを記念して、山鼻の地に教会が建てられました。


山鼻教会の誕生

 

1881年(明治14年)北1条教会が札幌に於ける布教を開始すると同時に、これより

1930年(昭和4年)山鼻教会が設立されるまで、山鼻地区は北1条教会の管轄とな

り、信者はそれぞれ遠く北1条教会まで通っていたのである。

 元来、ある特定の地に新しく教会が設立されるということは仲々困難なことである。

いかに多数の信者の熱望があっても、また地の利があっても、余程の好条件に恵まれ

ない限り、仲々困難なことであるらしい。

 殊に山鼻のような、当時として、余り発展性がないように思われていた場所に教会

を建てるということは大変に難しいことであったと思われる。それが見事に成功した

ということは、もちろん、小助川光顕氏らの熱心な奔走により現在の地に適当な土地

と建物が見つかったこと、及び山鼻在住信者達の熱望が主力となったことは確かであ

るが、しかし、これだけでは果たして教会が建ったかどうかと言うと、少々疑問であ

る。

 当時の司教、故ヴェンセスラウス・キノルド師の心中に以前から秘められていたと

う一つの決意…、山鼻にはどうしても教会を建てなければならないという強い一つ

決意、これがなかったならば、山鼻教会もそう簡単に早くは建たなかったのではあ

るまいか。

 これより以前、1924年(大正13年)9月4日、それはちょうど,初金曜日の前日のこ

であったが、北1条教会の副司牧,チモテオ・ルッペル師が、病気の信者の告解を聞

くたに山鼻に来られたのであるが、運悪くもその途中、雷まじりの俄か雨に会われ、

ある木立の陰に雨宿りをされたとき、突然、落雷があり、胸の懐中時計に感電し、ロ

ザリオを手にされたまま死去されるという、実に悼ましい事件が起きたのであった。

 この時より、チモテオ師の記念のためにも山鼻に教会を建てなければならないと決

を固められた故キノルド師は、幼きイエズスの聖テレジアにお取次ぎを願って9日

間の祈願をされたのである。

 こうして、私達の山鼻教会は現在の地に力強い発足の一歩を踏み出したのである。 

 (山鼻教会50年誌より)

 


                                   1931年(昭和5年)旧聖堂献堂式と記念撮影。                                 今も残る当時の表札

 

         1965年(昭和39年)新聖堂の祝別式と新聖堂(レリーフはまだ無い)             当時のミサ風景。