教会

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2017年1月18日 今日はとても嬉しいことがありました。

 

岩手の教会から、幼きイエスの聖テレジアさまが訪ねてこられました。

わたしたちのテレジアさまとのツーショットです。

お二人ともとても嬉しそうです。

 


 11月26日 教会で結婚式がありました。

 

フラワーシャワーの花びらが 花嫁のドレスに 舞っています。

テレジアさまの祝福が お二人に 永遠の愛を 約束してくださっています。 


 9月15日 今日は十五夜です。

月の光を身にまとい、テレジアさまがひとり佇んでいます。

 

 星かげまたたく 夕べの空に ほほえみたたえて 立たせたもう

 汚れになじまぬ 清きすがた 夜毎に忍べば 心なごむ

                            (カトリック聖歌 ゆうべの星かげ)

                 10月1日は、山鼻教会の守護聖人 幼きイエスの聖テレジアの記念日です。

 


 6月26日、教会で結婚式がありました。

ジューンブライドの花嫁です。

ブーケ・トスのころには雨がやみ、日が差してきました。

優しいテレジアさまからのプレゼントでしょうか。

 


 5月24日、薄紫と白の藤の花が咲きました。

やさしい風が房をゆらし、香りを運んできます。

花言葉は、優しさ、歓迎、佳客(良いお客様)・・・。

テレジアさまはいつもこの花のように、私たちを優しく出迎えてくださいます。

 


 5月5日、教会横のさくらが満開になりました。

庭にはチューリップや色々な花が咲き誇り、春を謳歌しています。

長かった冬が終わり、自然はもとより全てのものが躍動し始めました。

テレジアさまの背中にもやわらかな陽射しが当たり、とても暖かそうです。


 3月27日、主のご復活おめでとうございます。

主日の午後です。

雪が解けてアスファルトが顔を出しました

子供たちがお御堂の前の広場を走り回っています。

楽しそうな笑い声にテレジアさまも嬉しそう。 アレルヤ!


 1月24日、気持ち良い青空が広がっています。

教会の南側の建物が移転して、

国道からお御堂がよく見えるようになりました。

テレジアさまのお顔も清々しそうです。

ところで、テレジアさまは何処においででしょう ・・・。

 


 12月7日、雪が降りました、

雪は辺りの喧騒を消して、時を刻んでいます。

もうすぐクリスマス。北国の私たちにとってホワイトクリスマスは当たり前ですが、

世界的には珍しく、憧れのようです。

静かに…、テレジアさまと共に主の降誕を待ちましょう。


 11月16日、風が吹いて、教会にあるイチョウの木の葉がたくさん散りました。

あたり一面が黄一色になりテレジアさまもおどろいています。

このイチョウの木、女子なので葉と共に実も落ちてきます。

ぎんなんは食べると美味しいですが、踏むと・・・です。

でも、拾って乾かして、バザーで売ります。山鼻教会の秋のひとコマです。


わたしたちの教会を紹介します。 写真をクリックすると大きな画像でご覧になれます。)


沿革

むかし、北1条教会の一人の司祭が、山鼻村の信者のところに行く途中、雷に打たれ、

主のもとに旅立ちました。それを記念して、山鼻の地に教会が建てられました。


山鼻教会の誕生

 

1881年(明治14年)北1条教会が札幌に於ける布教を開始すると同時に、これより

1930年(昭和4年)山鼻教会が設立されるまで、山鼻地区は北1条教会の管轄とな

り、信者はそれぞれ遠く北1条教会まで通っていたのである。

 元来、ある特定の地に新しく教会が設立されるということは仲々困難なことである。

いかに多数の信者の熱望があっても、また地の利があっても、余程の好条件に恵まれ

ない限り、仲々困難なことであるらしい。

 殊に山鼻のような、当時として、余り発展性がないように思われていた場所に教会

を建てるということは大変に難しいことであったと思われる。それが見事に成功した

ということは、もちろん、小助川光顕氏らの熱心な奔走により現在の地に適当な土地

と建物が見つかったこと、及び山鼻在住信者達の熱望が主力となったことは確かであ

るが、しかし、これだけでは果たして教会が建ったかどうかと言うと、少々疑問であ

る。

 当時の司教、故ヴェンセスラウス・キノルド師の心中に以前から秘められていたと

う一つの決意…、山鼻にはどうしても教会を建てなければならないという強い一つ

決意、これがなかったならば、山鼻教会もそう簡単に早くは建たなかったのではあ

るまいか。

 これより以前、1924年(大正13年)9月4日、それはちょうど,初金曜日の前日のこ

であったが、北1条教会の副司牧,チモテオ・ルッペル師が、病気の信者の告解を聞

くたに山鼻に来られたのであるが、運悪くもその途中、雷まじりの俄か雨に会われ、

ある木立の陰に雨宿りをされたとき、突然、落雷があり、胸の懐中時計に感電し、ロ

ザリオを手にされたまま死去されるという、実に悼ましい事件が起きたのであった。

 この時より、チモテオ師の記念のためにも山鼻に教会を建てなければならないと決

を固められた故キノルド師は、幼きイエズスの聖テレジアにお取次ぎを願って9日

間の祈願をされたのである。

 こうして、私達の山鼻教会は現在の地に力強い発足の一歩を踏み出したのである。 

 (山鼻教会50年誌より)

 


                                   1931年(昭和5年)旧聖堂献堂式と記念撮影。                                 今も残る当時の表札

 

         1965年(昭和39年)新聖堂の祝別式と新聖堂(レリーフはまだ無い)             当時のミサ風景。