教会 ( 教会堂名  幼きイエスの聖テレジア )


わたしたちの教会を紹介します。 写真をクリックすると大きな画像でご覧になれます。)


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   8月23日

 テレジアさま あなたの心を 私が奏でることが 出来ますか?

 

 Therese , I will be able to play your mind?



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   8月10日

 しずかに しずかに ときが すぎていきます 

      テレジアさま あなたが ともにいてくださるから

 

 Quietly quietly time is flowing. 

                  Because Therese  will be with you



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   7月27日

 小さな花に 少しだけ光が さしています テレジアさま あなたですか

 A Faint light is on the little flower. Therese . Are you?.



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6月22日

 ステンドグラスを通してやわらかな光が射す中、

 静かに祈ります。 

 

 神の恵みが

 あなたとともに

 ありますように(2テモテ4・22)

                                                                       ヒルデガルト

 

 

 

 



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6月10日

 聖テレジアは、「天国に行ったら、苦しんでいる人のために、バラの雨を降らせましょう」

 って、そう言った。

 たぶん、私が今、こんな説教をしてるのも、そんなバラの花びらのひとつなんでしょうね。

(「福音の村」より引用)      

 テレジアさまが降らしたバラは、満開のつつじのように美しく彼女を囲うのでしょうか?

 そして私たちは、そんな花びらの一枚になれるのでしょうか?

(Paula)          

 



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6月  1日 初夏の教会の楓です

 あたたかい光がふりそそぎ、木の葉が爽やかな風にゆれています。

 木も草も花も、虫も小さな鳥たちも、ここにある全てのものが、

 みな等しく神さまに見守られ、穏やかに生きています。

 テレジアさま、気持ち、いいですか。

 

 



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2月20日 朝焼けに染まる教会の鐘楼です。 

 朝ミサに与り、朝焼けがとても綺麗に感じたので、

 携帯で撮ってみました。

 何か特別なお恵みを頂いたようです。

                                                                        K.H

 

 テレジアさまもお喜びです。

 

 



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2月19日 教会のおひなさまです。 

 春の苑 紅にほふ 桃の花 下照る道に 出で立つをとめ 

 (春の苑は桃の花で紅に輝いています、

          その下に立つ少女も輝いて見えます。) 

                 大伴家持 万葉集19巻4139番歌

 テレジアさま、おひなさまですよ。

 

 



沿革

むかし、北1条教会の一人の司祭が、山鼻村の信者のところに行く途中、雷に打たれ、

主のもとに旅立ちました。それを記念して、山鼻の地に教会が建てられました。


山鼻教会の誕生

 

1881年(明治14年)北1条教会が札幌に於ける布教を開始すると同時に、これより

1930年(昭和4年)山鼻教会が設立されるまで、山鼻地区は北1条教会の管轄とな

り、信者はそれぞれ遠く北1条教会まで通っていたのである。

 元来、ある特定の地に新しく教会が設立されるということは仲々困難なことである。

いかに多数の信者の熱望があっても、また地の利があっても、余程の好条件に恵まれ

ない限り、仲々困難なことであるらしい。

 殊に山鼻のような、当時として、余り発展性がないように思われていた場所に教会

を建てるということは大変に難しいことであったと思われる。それが見事に成功した

ということは、もちろん、小助川光顕氏らの熱心な奔走により現在の地に適当な土地

と建物が見つかったこと、及び山鼻在住信者達の熱望が主力となったことは確かであ

るが、しかし、これだけでは果たして教会が建ったかどうかと言うと、少々疑問であ

る。

 当時の司教、故ヴェンセスラウス・キノルド師の心中に以前から秘められていたと

う一つの決意…、山鼻にはどうしても教会を建てなければならないという強い一つ

決意、これがなかったならば、山鼻教会もそう簡単に早くは建たなかったのではあ

るまいか。

 これより以前、1924年(大正13年)9月4日、それはちょうど,初金曜日の前日のこ

であったが、北1条教会の副司牧,チモテオ・ルッペル師が、病気の信者の告解を聞

くたに山鼻に来られたのであるが、運悪くもその途中、雷まじりの俄か雨に会われ、

ある木立の陰に雨宿りをされたとき、突然、落雷があり、胸の懐中時計に感電し、ロ

ザリオを手にされたまま死去されるという、実に悼ましい事件が起きたのであった。

 この時より、チモテオ師の記念のためにも山鼻に教会を建てなければならないと決

を固められた故キノルド師は、幼きイエズスの聖テレジアにお取次ぎを願って9日

間の祈願をされたのである。

 こうして、私達の山鼻教会は現在の地に力強い発足の一歩を踏み出したのである。 

 (山鼻教会50年誌より)

 


                                   1931年(昭和5年)旧聖堂献堂式と記念撮影。                                 今も残る当時の表札

 

         1965年(昭和39年)新聖堂の祝別式と新聖堂(レリーフはまだ無い)             当時のミサ風景。