ブログ (2016年4月~ )


 

昭和の食堂

 

    主任司祭 加藤鐵男神父 

 

 

 三笠市中心部から車で十分走ると幾春別のかつて駅舎があった所の向かい側に一軒

の食堂がある。建物はレトロな昭和の雰囲気がある。暖簾をくぐり開き戸を入ると畳

一枚分程の玄関があり押戸を入ると中央の大きな石油ストーブを中心に四人掛けのテ

ーブル六つほどが並んでいる。この地は、昭和三十年代に大変栄えた炭鉱町で今でも

縦坑跡が残っている。三笠市幾春別地区は、今や市全体でも一万人を割る人口で往年

の賑やかさはない地域だ。そんな場所にあって、今でもお客が引きも切らないお店が

この一軒の食堂なのである。メーンはそばだが、らーめん、丼物も扱っている。開店

時間は午前十一時から午後三時までだが、客が引っ切りなしに入り、満員の時もある。

幾春別全体でさえ四百八十人程の人口で、店の近辺は、更に少なくなる。それでもこ

れだけの繁盛食堂なのである。実は、この近くにもう一軒自宅を改装した靴を脱いで

上がる繁盛食堂がある。二軒とも北海道新聞に紹介されたことがあるので、ご存じの

方もあろう。人口の過疎地域でも二軒の繁盛食堂が存在する理由は何であるのか考え

てみる。それは、やはり「美味しい味」に裏付けられた魅力にあるのであろう。わざ

わざ車を走らせてでも食べに行こうとその気にさせる味をいつまでも保っているから

こそなのであろう。つまりは、基本が大事だということである。

 これを、わたしたちの教会に当てはめてみると個々人の信仰をはぐくみ続けること

はもちろん、共同体としても、信仰をいかに保ちながらも絶えず進歩を目指して歩い

ているかが、問われるのではないだろうか。

 わたしたちは、イエス・キリストの教えを本当に理解し、それを守り実践し他の人

々に伝えているだろうか。その基礎が、しっかりと自分たちの身になっていれば、ど

んな場面でも驚くこともうろたえることもなくなる。 

 イエスは、いつも寂しいところで一人で祈っておられた。わたしたちも、試練、困

難、苦しみに負けることなく、基礎をもう一度見直し、じぶんたちの確かな信じるも

のを、人々に伝えることができるよう祈り、生活の糧としたいものである。

 

  山鼻教会機関誌「おとずれ」’17/4月号より

 


 

『わたしは世の光』

 

    主任司祭 加藤鐵男神父 

 

 神は、恵み深く憐れみに満ちた方でおられます。毎月、この「おとずれ」の原稿締

め切りが近づき頭を悩ますわたしに、その都度材料を示してくださり、わたしを安心

させてくださいます。「そのときには、言うべきことは教えられる」(マタイ10・19)

とイエスは言われます。今月も正に、そうでした。

 人間にうっかりは、付きものです。聖アガタの殉教記念日のミサが、佳境に差し掛

かる時でした。祭壇近くに座って参列していた信徒が、驚いたような顔をされました。

口から出たのは「ローソクに火が付いていない」というものでした。すぐに香部屋か

ら糸ローソクに火を付けてきて、祭壇のローソクに火が灯されました。それまで、司

祭が入堂し祭壇の前でお辞儀をしていました。朗読奉仕者もその前でお辞儀をし、朗

読を終えて席に戻っていました。その他に数人が参列していました。しかし、だれ一

人として気がつかなかったのです。いつもの通り、準備は完全だと思っていました。

それが、落とし穴でした。

 ところで、祭壇にローソクを灯すのには、どのような意味があるのでしょうか。イ

エスは、「わたしは世の光である。わたしに従うものは、暗闇の中を歩かず、命の光

を持つ。」(ヨハネ8・12)と言われます。ちなみに、「キリスト教におけるローソ

クの使用には、機能的側面とともに世を照らす『光キリスト』、復活したキリストな

どのシンボルとしての側面、聖人や聖遺物などへの表敬としての側面があると記され、

2世紀頃から始まり、4,5世紀には定着したと言われています。」(『新カトリッ

ク大事典』第4巻1440頁より)

 また、ローソクの炎には、炎が上に向かって灯っているように、祈る信者の願いが、

天まで届くようにとの心が込められていると言われます。「絶えず祈りなさい」(1

テサロニケ5・17)、これこそが、イエス・キリストが望んでおられることです。

 いつも世を照らし、わたしたちの足もとをも照らして導いてくださる神に感謝をし、

わたしたちのなすべきこと、話すべきことはすべて教えてくださるという神に信頼を

おいて従順を誓うわたしたちでありたいと願います。 

 聖アガタの殉教記念日に、肉体に傷を負わせるような迫害の目にあうことはありま

せんでしたが、慢心に陥りやすいわたしたちの鼻っ柱をへし折り、気づかせてくださ

った神に感謝です。 

  山鼻教会機関誌「おとずれ」’17/3月号より

 


 

『息子の結婚式』

 

   主任司祭 加藤鐵男神父 

 

 一月八日の日曜日に息子の結婚披露宴が、東京のディズニーリゾートのホテルで行

われました。親戚、友人、勤め先の同僚など総勢八十人余りが出席しての披露宴にな

りました。それに先立って行われた結婚式は、ホテル内の小さなチャペルに六十人程

が参列し私の司式で厳かに行いました。

 日本のカトリック教会始まって以来、最初の父親神父による息子の結婚式となりま

した。チャペルの正面のガラスの組み合わせの棚には小花が飾られ、ロウソクもどき

の炎が自動的にゆらめき、儀式書を置くだけの大きさの透明なプラスチックの台の中

は花が詰め込まれており、コルプスの無い古めかしく作られた十字架は、何となくそ

ぐわない雰囲気を漂わしていました。オルガニストと聖歌隊と称する二人の女性は、

ゴスペルを歌うコーラスの人たちのようなブルーと白の衣装を着けていました。 

 これらの事には一言も触れず私は、カトリックの儀式書にのっとって心を込めて淡

々と挙行しました。形式主義の見せかけだけの式では無く、息子の為に親として最大

の出来る限りの事をしてやりたいとの思いからでした。時間がオーバーして延長料金

は発生しましたが、本人達の希望で端折らないで儀式書通りやって下さいとの意向

沿いました。説教の中で、父親神父が息子の式をやるのは、日本のカトリック史上

めてですというと、「おう!」という声が挙がりました。共同祈願も主の祈りも、

席者全員が唱えて下さいました。私にとっても思い出に残る結婚式となりました。

の荷が一つ軽くなりました。 

  山鼻教会機関誌「おとずれ」’17/2月号より

 


 

『すくい主』

 

   主任司祭 加藤鐵男神父

 

 ある朝、いつもの起床時間と思い起きてみると1時間早かった。せっかくだからと

パソコンに向かい、打ち込みをしていると玄関の呼び出しがピンポンと鳴った。まだ

夜明け前で暗いのにと時計を見ると5時5分前だった。返事をすると聞き覚えのある

声で「神父様助けてください」と言う。悩み多き人物だった。30分だけという条件で

話を聞いた。一睡もしていないという。話を聞いたうえで、「今のあなたにとって必

要なことは、自宅に帰ってぐっすり寝ることだ」と助言して自宅に帰らせた。

 私は、この時に、神様は、人使いが上手だなとほとほと感心した。この朝1時間早

く起床していなければ、部屋の明かりをつけることもなく玄関の鍵も開けてはいなか

った。そうすれば、この人物はすごすごと来た道を引き返さなければならなかったか

もしれない。面談することもできなかったにちがいない。この一人の悩み多き人物の

ために神様は、この朝、私を用意したにちがいない。

 神様は、すべての人の救いの為に、この世に御子を派遣してくださいました。すべ

ての人を救う為です。すべての人ですから条件はありません。救われたいと思う人は、

誰でもその恩恵に預かれるということです。神様は、様々な手段を使って、その人に

とって一番良い方法で、しかも一番その人のためになるように計らってくださいます。

もしかしたら、その時には願いがかなわず、救われたと思うことができないかもしれ

ません。しかし、必ずやいつかその願いを適え救ってくださるはずです。

 私たちは、自分で努力をすることはもちろんですが、そこに自分の力だけではなく、

神様の大きな力が働かれるということを信じて、全てをゆだねて生きることが、求め

られます。 

 御父は、この世に、すくい主として御子を派遣してくださいました。降誕祭は、そ

のことを御祝いする日です。私たちが、歩む人生には、様々なことが起こり、自分で

どうあがいてもいかんともし難い事態に陥ることがあります。すべての人が救われる

という教えに、希望を見いだし、困難、試練を乗り越えさせてくださいますようにと、

願いたいものです。 

  山鼻教会機関誌「おとずれ」’17/1月号より

 


 

待降節黙想会「ゆるすということ」 2016年12月4日

 

                             山鼻教会 主任司祭 加藤 鐵男 神父 

 

 

写真をクリックすると、加藤神父様の黙想会の音声を聞くことができます。


 

『至福のとき』

 

   主任司祭 加藤鐵男神父

 

 十一月初め久しぶりに、「えべつ楽友協会」主催のコンサートに行ってきました。

若手の中でも注目されている成田達輝ヴァイオリン・リサイタルでピアノ伴奏は、山

鼻教会の信徒である新堀聡子さんでした。「天は二物を与えず」と言いますが、二人

とも美形でありながらもその素晴らしい演奏に、神さまも時には手をゆるめることも

あるのだなと思わせてくれました。

 バッハのパルティタからの一曲に始まり、ベートーヴェンの「クロイツェル」と進

み、休息を挟んでドヴォルザークのソナチネ、ブラームスのハンガリー舞曲、最後は

サラサーテのツィゴイネルワイゼンとあっと言う間の二時間を楽しんできました。最

後の演奏は、クラシックのコンサートでは珍しい、客席まで降りて来て演奏するとい

うおまけ付きでした。

 プロの演奏家は、仕事がオフの時にも、毎日数時間の練習を欠かさないと聞きまし

たが、この演奏会を聞いて、日々の精進のたまものなのだなと改めて感じさせてくれ

ました。つま先、かかとまでの全身を使っての演奏は、心を込めて作曲者への敬意を

表し、聴衆をその世界に誘い、感動を与える素晴らしいものでした。

 ヴァイオリニストとピアノ伴奏との連携もベストマッチで、挨拶の中で「わたした

ちはユニットを組んでいるわけではありません」と冗談交じりに言っておられました

が、息の合ったものでした。演奏の途中で弓毛が何本も切れる程の情熱の込められた

演奏会は、二度のアンコールが起こる程の素晴らしい「至福のとき」を聞く人々にも

たらしてくれたのでした。

 さて、キリスト者のわたしたちの「至福のとき」とは、どんな時でしょうか。イエ

ス・キリストが辿った道を歩くかのように、わたしたちの日々の生活は、小さな喜び、

幸せにあずかり、時には悲しみ、苦しみ、試練に陥ることもあります。

 しかし、どんな時もわたしたちは、神に見守られ、助けられ、苦しみを乗り越えて、

希望の彼方への道を歩むように導かれます。無表情だったわたしたちの顔にやがて、

小さな笑みが浮かぶように変えられていきます。これが、「至福のとき」でなければ

何でしょうか。

 人は、誰しも日々の暮らしが金銭的に困らず、家族に恵まれ、笑顔の絶えない家庭

に憧れます。病気にもならず、健康で他の人の世話にならずに天に召されるまで生き

続けたいと願います。ほんの小さな「至福のとき」が、わたしたちキリスト者にとっ

ての最大の願いなのです。 

  山鼻教会機関誌「おとずれ」’16/12月号より

 


 

『二十四番目のマリア様』

 

   主任司祭 加藤鐵男神父

 

 今月の初めに、ある街の方からマリア像を戴いてきました。その家に住まわれてい

たお母様が帰天され、しばらく空き家になっていて、住む人もなく壊すことになった

と言います。その家に、木内藤三郎神父が造ったルルドの洞窟を模し、上部にキリス

ト磔刑像がつけられ、マリアとベルナデッタの像が安置されている立派な祭壇があり

ました。その家を継いだ方が、信徒ではなかったことと古い家と共に記憶にだけ留め

ておこうと思われたのではないかと思いますが、家と共に処分されることになってい

たそうです。親戚の信徒の方が、それを聞いてもったいないと想いわたしの所に電話

をくださったというわけです。わたしは話を聞いて、すぐに私にくださいとお願いし

ました。以前、主任だった江別教会は、木内神父が建設に携わり、神父様がお作りに

なった聖堂正面のキリストの磔刑像と一メートル二十センチはあるマリア像を、見て

いたので、是非欲しいと思いました。

 ある長老の神父様から伺った話によれば、その方が木内神父の下で助任をしていた

ときに、祈りとか聖書の話があるときには、「頼む」と言ってそれを助任の神父にま

かせて、自分はよく彫刻をしていたそうです。マリア像は、全部で百体ほどつくられ

たそうで、各々に番号を付けていたと知りました。私が戴いたマリア像の台座の裏

見ますと二十四とありました。比較的初期に造られた作品だったようです。

 木内神父が創設された「雪の聖母園」は、信徒の方々の寄付を主な財源として創設

されました。その時に、この街のお二人が多額の寄付をしてくださったので、そのお

礼にこの町の二軒のお家に同じものを作って贈ったそうです。ですから、この祭壇と

像には、木内藤三郎神父の「雪の聖母園」への想いがたくさん詰め込められたものな

のです。その想いが込められて作られたものが、五十五年の時を経て、私の所へ届い

たことになります。札幌教区の先輩として、後輩である私に司祭としてキリストに仕

えることは、どのような事なのかを、この祭壇とマリア像を通して諭してくださった

のではないかと思います。司祭職の何たるかを、忘れるなとの教訓ではないかと肝に

銘じました。

 今回のできごとを振り返ったときに、「人にへつらおうとしてうわべだけで仕えず、

主を畏れつつ、真心を込めて従いなさい。何をするにも、人に対してではなく、主に

対してするように、心から行いなさい。」(コロサイ3:22~23)との聖書のことば

を思いだしました。心に留め前を向いて歩いて行きたいものです。

 

  山鼻教会機関誌「おとずれ」’16/11月号より

 


 

『パラリンピックに想うこと』

   

 主任司祭 加藤 鐵男 神父

 

 八月のオリンピックに続いて、いま、ブラジルでは障害を持つ方々のパラリンピッ

クが開催されています。様々な障害を抱えながら各種の競技に挑む姿をテレビの映像

で見せられると、人間には体の一部を失っても、それを、補おうとする潜在能力が備

わっていることを垣間見せられて、驚きを隠せません。生まれつき右肘から無い人、

事故で片足、片手を失った人、目の見えない人などが、単独やチームで義足、義手を

装着、或いは車椅子に乗って真剣に闘う姿は、目頭が熱くなるほどに感動します。そ

して、メダルを獲得した喜びに浸る、その笑顔には大いに拍手を送らずにはいられま

せん。

 さて、わたしたちは自分が、健常者であることを神に感謝します。生まれてこの方

事故にも遭わず、五体満足で暮らしたこられたことを大いに喜びます。しかし、人間

は一年一年年を重ね、まだまだ、若いと思っていた自分が、ある日突然自分がこんな

に年を取ったのかということに気付いて愕然とします。自分の足は、健脚だと自負し

どこまでも歩いて行けるように錯覚していたのに、歩くことが徐々に困難になってい

ることに気付きます。片足を上げて立ったまま靴下が履けたのに、今はふらふらして

椅子に座らなければ、それが出来ないことに寂しさを覚えます。背中が、痒いとき、

かっては自分の手であらゆる方向から指が届いたのに、今は「孫の手」を使用しなけ

れば容易にできないことに歯がゆさを覚えます。人の名前が出てこず、「あれ、あの

人」で間に合わせることにも慣れて、いつの間にかそれが常態化しています。今朝、

薬を飲んだかどうかも怪しくなったりします。

 これらのことを、未然に防ぐことに神経を一生懸命注ぐ自分を思い出し、笑みを浮

かべる時があります。そんな自分でも、若い時のように何事もスムーズにできなくと

も、生きていかなければなりません。どんな状態になっても不要な人間ではないので

す。年を経ることによって積み重ねてきた知恵は、若い人に取っては大きな遺産にな

ります。将来に不安を抱えながら生きる若者に、「大丈夫」と大きく構えて、その不

安を払拭するのが年老いた者の務めです。身体の自由はおぼつかなくなっても、心は、

まだまだ、自由闊達で衰えを知りません。ますます、磨きをかけて人々の奉仕に邁進

しなければなりません。それが、キリスト者としてのあるべき姿です。希望をもって

生きて行きましょう。私たちの行うべき役目が、天に召されるまであることを確信し

て。 

 

  山鼻教会機関誌「おとずれ」’16/10月号より

 


 

『奉仕とは』

 

 主任司祭 加藤 鐵男 神父

 

 私が居住している山鼻教会では、毎週月曜日から金曜日までの夕方6時位から8時

半近くまで、主に矯正グループの集会のために会議室を貸し出しています。献金も頂

戴しています。それらのグループが、集会を終えて教会を出ると戸締りをして、私の

その日の務めは終了となります。彼らが教会を出るときには、8割方のグループがイ

ンターホンを通して「終わりました。有りがとうございました。」とお礼を言って帰

っていきます。その時に私も「ご苦労様でした。お休みなさい」と声がけして、彼ら

の労をねぎらうようにしています。しかし、時には疲れで眠くなることもあり、部屋

の椅子でいつの間にかウトウトしていることも度々あります。眠たいときには、ベッ

トに横になって朝まで眠れたらどんなにか気持ちいいだろうなと思いつつも、戸締り

を考えるとそれも出来ません。つい椅子で眠りに落ちていてインターホンで起こされ

ると「ご苦労様でした。お休みなさい」といういつもの声がけも心がこもっていない

なと自分も感じ、申し訳なかったなと反省したりもします。

 イエスは、どんなに疲れていても人々のためにご自身をお献げしました。群衆が飼

い主のいない羊のように弱りはて、打ちひしがれているのを見て深く憐れまれた(マ

タイ9:36)とあります。

 また、最後の時が近づいて弟子たちとゲッセマネに行き、ペテロ、ヤコブ、ヨハネ

の3人を伴って祈りに行かれた。イエスひとりが祈っている間、「ここを離れず、目

を覚ましていなさい」と言い残し、祈り終えて帰ってくると弟子たちが眠って居たの

で、ペテロに「眠っているのか。わずか一時も目を覚ましていられなかったのか。誘

惑に陥らぬよう、目を覚まして祈っていなさい。心は燃えても、肉体は弱い」(マル

コ14:32~39)と人間の弱さを深く憐れんでおられます。

 キリスト者は、様々な役務の中で奉仕職の務めをも果たすよう求められています。

奉仕にも大きなことから小さなものまでいろいろあります。イエスの教えに倣ってど

んなことにも忠実に果たさねばなりません。小さなことに忠実な者は大きなことにも

忠実であると言われます。このことを忘れがちになる私ですが、教会を利用する人た

ちに、いつも心から真に「ご苦労様でした」と言える者になりたいと願っています。 

 

  山鼻教会機関誌「おとずれ」’16/9月号より

 


 

                            『知らないことの損』

                              

                                                                            主任司祭 加藤 鐵男 神父

 

 若い頃にはウザイほどあった髪の毛が、二十年ほど前から頭皮がむき出しの状態

なってしまい、それを何とか隠そうと奮闘努力していました。ある日、理容店に行

たとき、店主が、かえって目立つのですよと諭され合点がいった私は、それなら一

のこと坊主頭にした方がよいだろうとその後は坊主頭で通しています。このヘアース

タイルなら理容店に行く必要もないと電気バリカンを購入して鏡を見ながら自分で月

に一度位の頻度で坊主刈りをしています。

 先日六年間働いてくれたバリカンが帰天を迎えました。電気店に買いに行ったとこ

ろ、チェーン店のオープン記念で大変安くなっていました。予定額の半値だったので

す。その時同じ売り場に、「鼻毛・耳毛・眉毛トリマー」があるのに気がつきました。

以前鼻毛だけの安物を買ったところ、全然役にたたず捨ててしまったことを思い出し、

その品物を見ますと電気髭そりのような刃が見えていてこれならば、役に立ちそうだ

とバリカンが安く手に入ったのでついでに購入してきました。早速使ってみたところ、

スムーズに鼻毛がそれて大変気に入りました。以前からこのような品物が多分販売し

ていたのでしょうが、私は気がつかなかっただけなのでしょう。いつもハサミを鼻に

入れて切っていたので、もっと早く知っていたならあんな労苦をしなくてもよかった

のと残念に思いました。 

 さて、カトリック信者もそうではないでしょうか。思い悩み、どうして私だけがこ

んな不幸な目に合わなければならないのかと悶々と暮らしていたとき、イエスに出会

って救われたと安堵し嬉しかったとき、もっと早くにイエスに出会っていればあんな

に悩まなくてもよかったはずだったのにと思ったのではないでしょうか。自分の周り

にそのような人がいたとしたなら、教えずにはいられないはずです。自分の不幸な経

験を他の人がせずに済むなら、こんな嬉しいことはありません。その為には、自分の

所にくれば導けますという雰囲気を普段から醸し出していなければなりません。あの

人なら自分の悩みを聞いてくれそうだという信号を出していなければなりません。そ

の役割をいつもイエスは、になってくださっているのです。私たちができない分を補

って下さっています。数ある中の弟子の一人として、私たちもその役割のほんの少し

でも果たすことが出来ればこんな嬉しいことはありません。イエスがそうであったよ

うに、私たちも少しでも他の人に希望を与えることができるなら私たちの人生は、も

っともっと豊かになっていくのではないでしょうか。 

 

  山鼻教会機関誌「おとずれ」’16/8月号より

 


 

『キリスト者の報酬』

 

  主任司祭 加藤 鐵男 神父

 

 世の中で働き生計を立てている人たちは、自分の収入が今よりも増えて、より余裕

のある生活を営むことができるようにと誰しもが望んでいます。その為にも自己研鑚

に先行投資をしてまで励み、より有利な立場を獲得しようと務めています。それは、

家族の為であり、自分の将来の為であり、社会の為でもあります。その願う報いは、

土地、家屋、お金、その他の財産です。

 キリスト者と呼ばれる人たちの信仰の報酬とは何でしょうか。イエスが、私たちに

教えてくれたことを実践したことに対しての報酬は受け取ることができるのでしよう

か。「ただで受けたのだから、ただで与えなさい」とイエスは言います。でも、「働

たものが、報酬を受けるのは当然だ」とも言います。

 その報酬は、黄金や土地家屋などの物質的なものではなさそうです。精神的なも

をイエスは、私たちに与えようとしています。

 イエスが、私たちに行うようにと勧めたことは、小さくされた者、弱くされた者に

対する憐れみ、愛を注ぐようにとのことでした。「人にしてもらいたいと思うことは

何でも、あなたがたも人にしなさい。」(マタイ7:12)と山上の説教と言われる箇

で述べています。また、「天に富を積みなさい。~あなたの富のあるところに、あ

たの心もあるのだ。」(マタイ6:20)とも言われます。人に優しく、親切にと言

うのは宗教ばかりではありません。道徳や、倫理の上でも述べられていることです。

 では、それとイエスが、言われるのとは何が違うのでしょうか。暇があるからとか、

ついでがあるから行えというのではありません。助けや支援を必要としている人がい

るなら、わざわざ時間を作り自分の何かを犠牲にしてまでも行えとイエスは言うので

す。

 現代に生きるわたしたちは、まるで時間に追われて生きているように感じる時があ

ります。『さようなら、ごめんね、時間がないので、またくるね、待てないの、時間

が無いから』(『祈りの友』の「主よ、時間はあります」より)と、私たちは、こち

の都合で何か良いことをしようとする傾向にあります。じっくり相手の話を聞こう

しません。聞いてあげるだけで、相手の悩みが軽減されることもあり得ます。

 私たちにとって大事なことそれは、イエスのように如何に自分を犠牲にすることが

できるのか、その為に如何に自分をお献げすることができるのか、なのです。

 

 山鼻教会機関誌「おとずれ」’16/7月号より

 


 

『十字架を背負って』

    主任司祭 加藤 鐵男 神父

 

 司祭叙階されて九年目になります。同期の神父は、六教区七人です。一人を除いて、

今はなくなりましたが初年度養成校の「ガリラヤの家」十三期生です。この仲間たち

と互いに支え合いながら、司祭職が続けられています。

 叙階の翌年から、同期会を「体育の日」の翌日から行うことに決めています。北か

ら南の教区へ順繰り開催とし、一巡した昨年の七回目は、沖縄で行われました。一回

目から守り続けていることがあります。毎朝ミサを行うことです。近くに教会があれ

ばそこで、なければホテルで、朝の食事前に必ず行っています。司式はその年の担当

の神父と翌年の教区の神父が行います。

 その土地の見るべきものはもちろん、観光地もしっかりと訪ねます。夜は、現地の

名物や美味しいものを食べて満喫します。食事をしながら神学生の時に戻っては、昔

話に花が咲き、失敗談が飛び出すこともしばしばです。でも、不思議と自分の教区や

主任をしている教会の悪口は、殆ど出てこないのです。それは、きっと神学院が互い

にとって楽しい思い出の場所であり、同期会が、心置きなく何でも語り合える良き居

場所になっているからではないか、と思うのです。

 叙階八年を経て私は、司祭減少の中で二つの教会の司牧と共に、教区・地区の仕事

として五つの役割を担っています。そこでは多くの人たちが関わってくださり、右往

左往する私が、助けられ支えられながら何とか役割を果たしています。

 主イエスは、「自分の十字架を背負って従え」と言われました。叙階されたころに

比べると、増えた役割と同時に背負う十字架の数も増えました。しかし、その十字架

が、ちっとも重くは、なっていないのです。そこには、すべての人に注がれる主イエ

スの深い憐れみと慈しみと愛が働いていることを感じます。弱い私も「いいんだよ、

わたしが、いつもあなたを支えてあげるから」というイエスの声に励まされ、司祭職

が続けられています。

     オリエンス宗教研究所「聖書と典礼」2016.6.19に掲載されたもの

  (オリエンス研究所の許可をいただいています。)

 

 


 

『仕えるものになりなさい』

    主任司祭 加藤 鐵男 神父

 

 新緑が美しい季節になりました。芽生えたばかりの木々の間を森林浴で歩くことは、

何と気持ちの良いことでしよう。この頃になると山歩きをしたいという欲望が、私の

心をもたげて、じっとしてはいられなくなります。5月の連休に早速訓練を開始しま

した。山鼻教会からは、藻岩山の登山口まで車で5分あれば到着します。こんな恵ま

れたところはありません。駐車場の空いている時間を見計らって、午後3時半ころ出

かけてみました。数台分の空きがあって楽に駐車できました。今年初めての登山です。

若い頃のように、無茶は出来ませんので、2本のストックを手にもって登山開始です。

風邪ぎみもあったと思いますが、登り初めてすぐに、息はゼーゼーの状態でした。昨

年の秋から始めていたスクワットの効果があるようで、息があがっているのに、足は

結構いけるように感じるのです。とうとう一度も休まずに山頂のレストハウスにつく

ことが出来ました。予想に反して、57分で着きました。若い頃に比べると7、8分は

遅いタイムでしたが、これで、今年も山登りが出来そうだと言う自信はつきました。

 さて、イエスは、わたしたちに「すべての人に仕えるものになりなさい」(マルコ9

:35)と言われます。すべての人とは、あらゆる条件なしの文字通り全ての人のこと

です。老若男女、お金持ちや貧しい人、健康な人そうでない人、能力のある人ない人、

社会的に地位のある人ない人等これらに関係なく周りにおられる人たちとの交わり

深めなさいと言われます。しかも、単に交わるのでは無くその人その人に仕える者

なりなさいといわれます。弟子たちに、これらのことを話したときそばにいた子ど

を真ん中に立たせて、「このこどもを受け入れることは自分を受け入れることだ。」

自分つまり「イエスを受け入れることは、御父を受け入れることだ」と言われました。

つまり、「小さくされた者」の中に神はおられると言っておられるのです。

 とは言っても、自分と考え、そして価値観が異なる人を受け入れることは大変な努

力が必要です。その為には、心の鍛錬と体の鍛錬が不可欠す。この両方の為に最適な

エクササイズは、登山に限ります。今月3日から始まった私のエクササイズは、2日

置き位行っていて、5回目で2分間短縮できて、55分で登れるようになりました。こ

のように心の鍛錬も出来るとよいのですが、こちらの方は、もっともっと時間が掛か

りそうです。

 

    山鼻教会機関誌「おとずれ」’16/6月号より

 

 


 

『わたしは羊の門である』

    主任司祭 加藤 鐵男 神父

 

 新年度になって、幼稚園、学校、勤務先において、新しい環境で学び、励む人々が、

異なる場所や新たな人間関係を少しずつ築きながら頑張っている事だと思います。最

の緊張感も薄れ周りがよく見える状態に、なったと思います。無我夢中の状態から

自分の立場、置かれている場所が理解出来て、これからの過ごし方、方向を確かめ、

安堵している一方で、不安を抱えている人もいるかもしれません。

 こう言う私も、この4月から山鼻教会、真駒内教会の大きな教会を二つも受け持つ

ことになりました。司祭叙階後直ちに、江別教会の主任になり、途中から主任司祭が

帰天された後の大麻教会との兼務になり、翌年は大麻だけとなって、その翌年また、

江別、大麻両教会を任されました。両教会とも少人数の家庭的な教会でしたので、顔

と名前もすぐに覚え、ある意味気楽に司牧出来ました。規模は大きくなりましたが、

育ててくれた両教会での司牧経験を生かし続けていこうと考えています。

 さて、主イエスは、自分と弟子たちとの関係を「善き羊飼いと羊の讐え」を用いて

話されます。羊は、一匹では過ごすことが出来ず、又、誰かに守られて居なければ生

きて行くことはできません。だから、年中休まずに命がけで自分たちの世話をしてく

れる「善き羊飼い」の存在が必要なのです。温かくなると麓の羊舎に帰らず中腹の石

で囲われた塀の中で一晩を過ごすことがあります。その入り口には扉はついておらず

羊飼いが間に寝て扉の代わりをします。羊が外に出る為には、寝ている羊飼いを飛び

越えなくてはならず逃げ出す羊がいればすぐに分かります。これをなぞってイエスは

「わたしは羊の門である」と言われます。草を求めてさまよい出る一匹の羊を必死で

探し、夜は狼の襲撃に備え、塀の中に囲う時には怪我をしていないかを確かめ、万全

を尽くす「善き羊飼い」は、慈しみ、憐れみ、愛をこれでもか、これでもかと注いで

下さる主イエス・キリストの姿そのものです。「いつでもわたしのもとに来なさい」

と言われるイエスの言葉に、日々安心し平穏に暮らせることを感謝できる私たちであ

ますようにと願わずにはいられません。

    山鼻教会機関誌「おとずれ」’16/5月号より